どうも。
浮月です。
というわけで、サークルのペーパーにも色々と書いたので、
それに関して色々と言い訳というか、
楽曲に関してのコメントという名の言い訳を書いていこうと思います。
まずは、恐らくこのアルバムの出オチであり問題児の1曲目
「モノクロームの空の下」です。
1曲目に関しては自分でも一応わかってはいるのですが、出落ちが凄くて非常にアレだと思われます…。
ただこの曲に関してはどうしてもこの曲調で、かつ1曲目にもってこようという気持ちがありました。
この曲は双観 伊鈴という少女の物語において、プロローグ(あるいは更に前の遊び紙とかああいうのに書いてある文章)に位置しています。
そしてこの物語は、より詳しく言えば「『トリコロ』という原作世界から無視されている、双観 伊鈴の物語」です。
自分でも何を言ってるのか分からなくなる時がありますが、その上で伊鈴は『トリコロ』という世界には存在しています。
ちなみに、アルバムのジャケットに書かれてる英文も、適当に書いてそれっぽく見せる以上にそういったメッセージを書きました。
She makes no appearance in comic-book “tricolo”.
(彼女はマンガ”トリコロ”には登場しない)
However, she surely exists in the world of “tricolo”.
(でも、確かに彼女は”トリコロ”という世界に存在している)
『トリコロプレミアム』によって初めてその存在が明らかになった彼女は、確かに『トリコロ』の世界には存在しています。
しかし同時に、『トリコロ』には登場しない没キャラとして、その後も原作のマンガ内では登場することはありませんでした。
トリコロの世界に名前を与えられ一キャラとして作成されながらも、その世界には決して現れることがない。
彼女は”ラフ画メインの設定資料集”という、「モノクロームの空の下」にずっといる様に思えたのです。
存在しているにもかかわらず。トリコロという同じ世界にいるにもかかわらず。
それは時に、楽しそうに会話をしている八重たちが見えているだろうにもかかわらず――。
彼女たちからは認識されず、自分の言葉は届かず、原作という世界から無視された彼女はどういう心情なのか。
物語自体がそのような形を持っていた上で、色々と音を鳴らしていた時に、あの妙に不安にさせる音に出会いました。
モノクロームのラフ画のような雰囲気を出しながら、その上に伊鈴の独白のようなものが乗るような映像を思い描いてみたら、あんな感じになったのです。
なので随分病んでる曲だなぁ、と思うのですが、それで正しいのだと思いますし、その伊鈴の感情から来る独白をプロローグ的位置に持っていきたかったので、場所的に1曲目でないとダメだったのです。
この物語はこういう話なんだよ。ということをしっかりとあらわしておきたい。
そういう点で、この曲はこんな曲になりましたし、1曲目でないとダメだったのです。